告知
がん予兆 2006年秋
がんが進行していく過程で、その間に体調の変化や予兆はあるのだろうか。2005年の夏に、そして2006年の秋に1ヶ月に及ぶ風邪の症状。この時は夜中や明け方に咳が止まらず、苦しくて起きてしまうのがずっと続いた。2006年はその後良くなったと思ったら今度は通勤途中で急に全身にひどい汗をかいて吐き気と頭痛が1週間続き、その後、物が二重に見える視力障害が頭痛とともに1ヶ月も続いた。12月に一時的に治まったので1シーズンにも及んでひどい風邪をひいてしまったと思いこんでいた。しかしこの症状が、すでに脳神経を侵してがんが進行していたのを予告していたのではないだろうか。

がんらしきものを発見 2007年1月
2007年1月になって右首のリンパ節が2センチの大きさで少し盛り上がってきて、プールで耳に水が入った時のように右耳が詰まった感じが続くようになった。滲出性中耳炎と言われる症状だ。片方だけ難聴になり、耳鳴り、頭痛も段々増してきた。近所の耳鼻科に通って薬で数週間様子をみたが一向に良くならなかった。2月に入って別の耳鼻科に行って診察をしてもらったところ、鼻からファイバースコープを入れられた。その診察で「あれ?このプリプリした丸みは何だろう?」と言われ、画像を撮りながら暫く確認していた。鼻の奥が少し盛り上がっていた。「これが耳管を塞ぐ感じになり、滲出性中耳炎になっているんだね」。その盛り上がりを確認して「きれいだから何でもないと思うけど。・・・咽頭がんかも知れないな~」とサラッと言われた。「気にするほどでもないと思うけれど、紹介状を書くから大きい病院でも検査してもらおうか」。そして紹介状を書いてもらう。例え、がんであったとしても早期発見と思ったので、それほど不安は持たなかった。家に帰って家族にも報告をした。家族も早期発見で大丈夫だと思っていた。場所とこれらの症状から上咽頭がんと認識して、インターネットで色々調べていくとやはり症状が一致していた。

大学病院で検査 2月
3日(翌日)、すぐに紹介された大学病院(昭和大学横浜市北部病院)へ。紹介状と問診票に添って診察。たばこを吸うか聞かれたが自分は一切吸わない。がんの要因ではたばこが大きいようなので不思議がられる。聴力検査を行ない、ファイバースコープでの検査も行なった。それでもそれほど気になるほどの大きな出来物ではないように言われたが、一応細胞を取って検査する事になった。次の診察は10日後(13日)で、CTとMRI検査の予定を入れられた。
13日、先ずCT検査を行なう。初体験だったが、検査にあたって造影剤を使用。造影剤というもの、注入すると体中がポーと熱くなり、あまり気持ちいいものでは無かった。後で知ったが、熱くなるのはCTの造影剤だけのようである。使用する場合は同意書を病院に提出する。前回の細胞採取ではがん細胞が検出されなかった。またこの頃には耳鳴り・難聴・頭痛・喉の痛みなどがひどくなっていたので、再度細胞を採取することになった。診察の間にCTの検査結果が出て、腫瘍が鼻から頭全体に、首にも数箇所転移しているような状況が認められた事から、PET検査も行なう事になり、専門クリニックに予定を入れてくれた。PET検査は体全体の他の所にも転移していないかを調べる。予約が詰まっていて月末になるような返事だったが、緊急性があると5日後の18日に予約を入れてくれた。検査の際に提示する 検査結果とCT画像を渡された。仕事にも支障をきたしていた事から、この日から静養する事にした。
18日、PET検査を受ける。ほぼ1日がかりの検査となった。

がん告知
22日、採取した細胞の結果が出て説明される。「残念ですが、がん細胞が検出され、悪性の腫瘍です。・・・」首のリンパ節への転移や、脳への浸潤が見られて頭痛を引き起こしていることなどが説明された。この日は家族も一緒に来院したが、想像以上の進行の結果を告げられた事に動揺したのか涙を流した。私は”そうなんだ”という気持ちで聞いていた。ここ数週間での痛みの進行の速さにある程度覚悟の気持ちがあったかも知れない。進行度はステージⅣの初期段階と言われた。PET検査の結果も届いていて、体の他への転移は無い事が確認された。上咽頭がんは日本での事例も少なく、主治医となる医師もあまり経験していないように思われた(後に聞いたとき、私のような進行度を治療するのは初めてだったようである)。治療方針が説明されて、セカンド・オピニオンも勧められた。初めて聞く言葉だったので看護師さんから説明を受ける。治療方針に間違いがないか第3者の意見を聞き、また病院をどこにするか患者の意思が反映されるとの事だった。このころには頭痛が激しくなり、薬を出してもらう。
セカンド・オピニオンは国立がんセンターを希望して予約を取って、相談時に提示する 検査結果とMRI画像も渡された。

セカンド・オピニオン
国立がんセンターに向かい、歩く速度も周りの人達より遅くなっているのを感じる。当然体はだるいし、頭痛は続いている訳だから。入り口を入ると受付のあたりはもの凄く沢山の人がいた。有名な病院での人の多さに圧倒された。受付を済ませてセカンド・オピニオンを受ける科に行く。相談で医師から上咽頭がんは手術が出来ない場所なので、放射線治療と化学療法が適用されると聞いて、診断書の治療方針は国立がんセンターでも同じと説明された。有名な病院なので入院を考えたが、がんセンターの放射線科は柏市の方にあり(家から何時間かかるか分からない)、ベッドも空いているか分からないとの事だった。大学病院の医師からは週末には外泊で自宅静養する事が可能とも言われていたので、家から近い今回の病院に治療を託す事にした。

疼痛コントロール
薬ももらい、家で静養(待機)していたが、28日、看護師さんから電話がかかってきて薬の効き具合を聞かれた。疼痛(とうつう)コントロールを考えていきましょうと言われる。”とうつう”と聞いて頭痛(とうつう)と勘違いした。とにかく早く入院して治療を受けたいほどの”ずつう”だった。薬剤を専門とした医師の診察も受けた時、薬の種類と効き具合が段階的に違うこと、症状に応じて薬を変えていく必要があるとの説明を聞いていた。今の私の症状から判断されて出されたのが今回の薬でもあったのだろう。以前、私の仕事のパートナー(同時に飲み友)もがんに侵されて国立がんセンターに入院した。その時、話を聞いてやはり進行に応じて段階的に薬を変えていったそうだ。残念ながら彼は亡くなってしまったが。
3月1日、診察を受けて入院の手続きをする。帰りには吐き気と全体的に鈍い痛みがずっと続いた。家に帰ってから病院のパンフレット等に目を通す。人生で初の入院となるので不安はあったが、とにかく入院して治療を進めてもらいたかった。
2日入院、受付で入院手続き後、病棟に行き、担当看護師に病室を案内される。ベッドが窓際の明るい所で外も見えるところだったのでちょっと安心する。同じ病室内でも暗い場所もあるので。そして今まで体験したことがないほど薬の種類が増える。

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