退院後 2007年 (1年目)
QOL(クオリティ・オブ・ライフ)
直訳で「生活の質」ですが、病気にかかるまで聞いたこともなく、意識したこともありませんでした。医療や福祉の分野では治療の成果として一般的に使われてきているようですが、患者が健康な一般の人とは違った状況の中で、いかに普通にあるいは充実した生活を送れるよう回復することが目標と思います。それも医療側からと患者側から見る評価があるようです。医療側からは治療で病気の回復度合いで評価、患者側からは治療や治療後の日常生活で体調・精神的な回復で評価があるようですが、当然私は患者側からの眼で捉えます。勿論、医療側から見れば入院や治療・診察を行っている期間しか判定する材料がありませんし、患者側から見れば病気が発生してから治療後の日々の生活(もしかしたら一生)も判定の基準になります。退院後もどのような後遺症が現れてそれに伴って生活にどのような影響を及ぼすか、再発の可能性も見極めながら病気とうまく付き合う、希望と不安は絶えず背中合わせですが、根治まで意識を持っていくことが大切ではないかと考えています。

6月 白血球は下がり気味
診察 後遺症の症状
毎週2~3回 白血球低下:抗がん剤、放射線治療の影響で値が3000/μl を下回る。白血球増加の皮下注射を何度か受ける。
鼻・喉の痛み:放射線治療の影響は直ぐに抜けることはない。
口内の乾き:唾液の分泌がほとんど無く、水分を多く補給する。
耳鳴り:かすかに高い耳鳴りが続いている。
味覚障害:甘味、酸味など、食材の本来の味はまだ分からず、体力を戻すために普通に食事を取る状態。
5月下旬にZARDの坂井泉水が亡くなった。転落死との事だが謎に包まれている。連日流れるニュースを見て思ったのが、私が5月の連休中に起こした意識障害。布団に寝ていたのに、ガンと音がして私は床に倒れていた。全く直前の事が記憶に無い。布団に寝ていたのに何故一旦は立ち上がって倒れてしまったのだろうか。彼女は散歩中ということだったが何かしら意識障害を起こしたのではないだろうか。不運な場所にいたのではないだろうか。彼女の生きる精神は強かったと思う。意識障害や平衡感覚の喪失などこれらも治療の副作用と考えてしまう。
週に2~3回の通院をする。血圧が低めで、幾分ふらつく事もある。血液検査では白血球が下がり気味。その都度、皮下注射を行なう。これが何とも痛い。しかし、その痛さもそのうちこういうもんなんだと思う事で慣れてきた。白血球が下がっているため、人込みの多いところには行かないよう言われる。副作用日記というものをつけてみる。エクセルで項目ごとに症状の度合いを表にしてみた。家族の勧めと体力的にも無理があるので仕事にはまだ当分就けない。喉は少し痛く口が直ぐ渇くので、思うように話す事もまだ出来ない。のど飴も変な味がするので効果も期待しない。日常生活は、梅雨時にしては雨が少なく時々愛犬をつれて散歩。ベンチに座って日光と草木の緑と空気を感じとって生きている実感を味わっていた。ただし、風が強いと鼻から風が入り、奥が痛くなってしまう。喉・口・鼻とそれぞれ後遺症として残っている。部屋では工作の趣味を生かしてボトルシップを作り始める(20年ぶり)。あとはパソコンに向き合ったり、テレビを見たり。
下旬には鼻から細胞を採取して検査。

7月 根治と診断
診察 後遺症の症状
初旬1回 鼻・喉の痛み:前月より落ち着いてくる。
口内の乾き:唾液の分泌はまだあまり無い。
耳鳴り:前月と同じ状態。
味覚障害:酸味や辛味などは少し感覚が戻ってきたが、甘味はまだ分からない。
細胞採取の結果、がん細胞は見られなかったので根治といっていいでしょうと言われる。現在の状況に主治医も喜んでいた。以降は一月に1回の通院と6ヶ月ごとにMRI検査を行う予定にしましょうと言われる。診察の後、病棟に行って看護師さんたちに報告する。担当(2回目)の看護師さんが手を握り締めながらすごく喜んでくれた。7月も続けてボトルシップの工作をしていたが、家の中に閉じこもってしまうと精神的に辛いものもあり犬と散歩、といってもうちの犬もおばあちゃんになったのでマンションの玄関の階段に座っていることが大半だった。そこで太陽の光をあびるようにしていた。光が当たった木々の緑が眩しかった。こうしている事が生きている実感を感じる一時であった。ボトルシップに使う空瓶が必要なので、ウィスキーを少し飲んでみた。ウィスキーからはかなり遠ざかっていたが、飲めないことはなかった。しかしあんなに美味しかったビールがただ苦いだけで美味しさを感じなかった。大好きなアイスクリームも甘さを感じない。ハーゲンダッツも100円アイスも味の違いがわからないし美味しくもない。チョコレートもしかり。味覚障害はまだある。体力を回復する意味で、スポーツをする計画を立てる。長年やっていたテニスは無理だろうと感じる。そこで昔少し手をつけたアーチェリーを行なう事に決めてショップで見積もりを出してもらったが想像以上に値段が高かった。8月中に始められるように目標をたてる。

8月 この時期の臭いは最悪
診察 後遺症の症状
初旬1回 鼻・喉の痛み:前月より落ち着いてくる。
口内の乾き:唾液の分泌はまだあまり無い。
耳鳴り:同じ状態。
味覚障害:食材の違いがだいぶ分かるようになってきたが、甘味はあまり感じられない。ビールは苦いだけ。
顔のむくみ:頬から首にかけてむくみが増す。首は触ると盛り上がっている感じ。
初旬に通院する。首の両側の上部が少し盛り上がり、むくみを感じる。1ヶ月ほど続いていたので、むくみを取る薬を出してもらう。
診察後、病棟へ。この時は1回目の看護師さんがいて話をした。 入院中、最も声が出せずにいた時期の担当で、あまり話も出来なかったので嬉しかった。他の看護師さんとも話が出来てみんな喜んでくれた。この夏は猛暑。静養中であり大人しくしていた方がいいと感じる。犬と散歩はするが、日陰で静かにする。加齢臭を発する域の私だが、薬の好作用?か、水分をかなり摂取しているのに体重が減って汗をあまりかかないのか、不思議に自分の体臭を感じない。臭いには敏感になっているので、この時期の他人の汗臭さはもの凄く感じてしまう。風下や閉所(エレベータなど)では最悪。その間、息を止める。

9月 スポーツを開始
診察 後遺症の症状
中旬1回 鼻・喉の痛み:前月より落ち着いてくる。
口内の乾き:唾液の分泌はまだあまり無いが、話にそれほど支障をきたさなくなってきた。
耳鳴り:同じ状態。
味覚障害:相変わらず甘味はあまり感じない。
アーチェリーを始めた。弦の強さもそれほどではないけど、体力不足で疲れはすぐ出てしまう。帰ってからずっと寝てしまうことも。仕事に復帰するべく人と会うが、話していくうちに口の中が渇いてきてしまい、発声がおかしくなるのを自分自身感じる。病気を知っている人は「大丈夫?」と気にかけてくれる。食事の味は徐々に取り戻しつつあるが、美味しいブドウをもらって家族は甘いと言うが、私はすっぱいだけだった。

10月 甘さが感じるようになる
診察 後遺症の症状
下旬MRI/PET検査 鼻・喉の痛み:落ち着いてくる。
口内の乾き:だいぶ良くなって食事も取りやすくなってきた。
耳鳴り:少し低い耳鳴りに変わり、静かな時、気になるほどキーンとなる。ストレスが影響か。
味覚障害:甘味が感じられるようになってきた。好みのアイスクリームを頻繁に食べるようになる。
社会復帰する。期間は1ヵ月半で気力の調整かな。さすがに2週間ほどブランクを凄く感じ、慣れなく精神的にも参ってしまった。週明けに休む事も。それでも下旬には大分慣れてきた。食事も随分と味の違いを感じ取れるようになってきた。アイスクリームもチョコレートも甘さを感じる。ただしアルコールはさっぱり飲んでいない。今月はずっと続いていた耳鳴りが静かな時、寝る時に気になるほど大きく感じるようになった。仕事でのストレスが影響かちょっと不安。下旬にMRIとPET検査を受ける。

11月 鎖骨と肺に転移
診察 後遺症の症状
上旬と下旬に数回
検査で1泊入院
鼻・喉の痛み:鼻に炎症を起こしているような感じ。喉も少しひりひりする。検査では特に異常は見られなかった。
口内の乾き:多少の粘っこさはあるものの普通に食事が取れる。
耳鳴り:相変わらず続き、静かな時に気になるほど。
味覚障害:酒豪と言われるほど飲んでいたビール、日本酒などが美味しくない。
MRIとPET検査の結果、肺と腸骨にがん細胞らしきものがあると聞かされる。中旬に仕事のプロジェクトが終了して、その後再検査を行なう。腸骨は骨シンチで検査をすることになり、肺は直径1.2cmほどあって原発なのか転移なのかを調べるために呼吸器科の方で1泊入院、CT下肺生検というものを行なうことになった。う~ん、なんとなく腰と胸に痛むほどではない違和感があるからそれが原因なのだろうか。病棟が違うが半年振りのベッド体験。肺生検は肺に針を刺して細胞を採取する検査。肺の後ろの方だったので、背中より針を刺しての検査治療となったが、手術の経験がないこともあって、器具が体内に入るのは初めてのこと。局所麻酔をかけていたが、針が刺さっている間、背中に重いものが乗っかっているような感じだった。そして多分細胞をつまんだ時に足先までシビレが走ったが、痛みはなかった。その日は、定期的に検査後の経過確認。
骨シンチの結果、腸骨には異常が見られなく、鎖骨の方に新たに発見された。2cmぐらいとのこと。何故?と思ったが見つかった事は幸いだった。腰と胸の違和感は?単にスポーツでの筋肉痛だったのか。下旬より抗がん剤ユーエフティーの服用を開始する。TS-1の副作用が大きかった事もあり、効果が現状維持と多少落ちる薬であったが変更をした。その後、この薬での副作用は殆ど感じていない。
この月から鼻の奥に傷があるような感じで、毎日白い粘ついた塊が出るようになった。時々血の塊も混じっている。出てしまえばスッキリなのだが、喉も少しいがらっぽい感じがある。ずっと続いている。
約1年ぶりに以前美味しかったラーメン店に行った。感想は、う~ん、まだかな、微妙。

12月 放射線治療
診察 後遺症の症状
上旬診察
中旬~下旬 放射線治療
鼻・喉の痛み:喉のいがらっぽさは続いている。
口内の乾き:日によって多少の粘っこさはある。
耳鳴り:同じ状態。
味覚障害:普通に食事は取れているが、アルコール類は焼酎の味が多少馴染める程度。
鎖骨の方は転移ということで通院での放射線治療が始まる。1回3グレイで11回の治療を行なう。入院時の首・顔への治療と違って固定するマスクは必要なく、体にマジックで印を書いて照射位置を決める。また照射というのは、レーザー光かなにかが当たっているのかと思っていたが、光は出ていなかった。入院中の治療の時はずっと目をつぶっていたので分からなかった。下旬に少し白血球が低下してきたことで、皮下注射を受ける。肺生検の方は細胞の染色体検査を行なっていて結果には2週間ほどかかった。自分としては手術を受けるより放射線治療を受けたかったので転移であってほしいなぁと思う。随分医学のドキュメンタリー番組で効果は見ていたが手術は怖い。検査の結果やはり悪性のがん細胞で転移との診断が出た。原発であれば呼吸器科で手術の可能性があったが、転移なので耳鼻科での治療となった。転移の場合手術を行なうと、メスを入れることで腫瘍の周りの細胞までも刺激を与えてしまい、その細胞も活発化してがんが再発する可能性が高くなってしまうとの説明もあった。年明けから放射線治療を行なうこととなった。
体調は特に問題は無く、スポーツのおかげで体重も徐々に増えつつ、体力も付いてきている。

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