上咽頭癌(がん)闘病記録 治療とQOL
退院、その後
QOL(クオリティ・オブ・ライフ)
直訳で「生活の質」ですが、病気にかかるまで聞いたこともなく、意識したこともありませんでした。医療や福祉の分野では治療の成果として一般的に使われてきているようですが、患者が健康な一般の人とは違った状況の中で、いかに普通にあるいは充実した生活を送れるよう回復することが目標と思います。それも医療側からと患者側から見る評価があるようです。医療側からは治療で病気の回復度合いで評価、患者側からは治療や治療後の日常生活で体調・精神的な回復で評価があるようですが、当然私は患者側からの眼で捉えます。勿論、医療側から見れば入院や治療・診察を行っている期間しか判定する材料がありませんし、患者側から見れば病気が発生してから治療後の日々の生活(もしかしたら一生)も判定の基準になります。退院後もどのような後遺症が現れてそれに伴って生活にどのような影響を及ぼすか、再発の可能性も見極めながら病気とうまく付き合う、希望と不安は絶えず背中合わせですが、根治まで意識を持っていくことが大切ではないかと考えています。
健康な人でも今のストレス社会で生活している限り、潜在的な病魔と闘っており、もっと広範囲でQOLを考えてもいいかも知れませんが。

6月 白血球は下がり気味
診察 後遺症の変化
毎週2〜3回 白血球低下:抗がん剤、放射線治療の影響で値が3000/μl を下回る。白血球増加の皮下注射を何度か受ける。
鼻・喉の痛み:放射線治療の影響は直ぐに抜けることはない。
口内の乾き:唾液の分泌がほとんど無く、水分を多く補給する。
耳鳴り:かすかに高い耳鳴りが続いている。
味覚障害:甘味、酸味など、食材の本来の味はまだ分からず、体力を戻すために普通に食事を取る状態。
5月下旬にZARDの坂井泉水が亡くなった。転落死との事だが謎に包まれている。連日流れるニュースを見て思ったのが、私が5月の連休中に起こした意識障害。布団に寝ていたのに、ガンと音がして私は床に倒れていた。全く直前の事が記憶に無い。布団に寝ていたのに何故一旦は立ち上がって倒れてしまったのだろうか。彼女は散歩中ということだったが何かしら意識障害を起こしたのではないだろうか。不運な場所にいたのではないだろうか。彼女の生きる精神は強かったと思う。意識障害や平衡感覚の喪失などこれらも治療の副作用と考えてしまう。
週に2〜3回の通院をする。血圧が低めで、幾分ふらつく事もある。血液検査では白血球が下がり気味。その都度、皮下注射を行なう。これが何とも痛い。しかし、その痛さもそのうちこういうもんなんだと思う事で慣れてきた。白血球が下がっているため、人込みの多いところには行かないよう言われる。副作用日記というものをつけてみる。エクセルで項目ごとに症状の度合いを表にしてみた。家族の勧めと体力的にも無理があるので仕事にはまだ当分就けない。喉は少し痛く口が直ぐ渇くので、思うように話す事もまだ出来ない。のど飴も変な味がするので効果も期待しない。日常生活は、梅雨時にしては雨が少なく時々愛犬をつれて散歩。ベンチに座って日光と草木の緑と空気を感じとって生きている実感を味わっていた。ただし、風が強いと鼻から風が入り、奥が痛くなってしまう。喉・口・鼻とそれぞれ後遺症として残っている。部屋では工作の趣味を生かしてボトルシップを作り始める(20年ぶり)。あとはパソコンに向き合ったり、テレビを見たり。
下旬には鼻から細胞を採取して検査。

7月 根治と診断
診察 後遺症の変化
初旬1回 鼻・喉の痛み:前月より落ち着いてくる。
口内の乾き:唾液の分泌はまだあまり無い。
耳鳴り:前月と同じ状態。
味覚障害:酸味や辛味などは少し感覚が戻ってきたが、甘味はまだ分からない。
細胞採取の結果、がん細胞は見られなかったので根治といっていいでしょうと言われる。現在の状況に主治医も喜んでいた。以降は一月に1回の通院と6ヶ月ごとにMRI検査を行う予定にしましょうと言われる。診察の後、病棟に行って看護師さんたちに報告する。担当(2回目)の看護師さんが手を握り締めながらすごく喜んでくれた。7月も続けてボトルシップの工作をしていたが、家の中に閉じこもってしまうと精神的に辛いものもあり犬と散歩、といってもうちの犬もおばあちゃんになったのでマンションの玄関の階段に座っていることが大半だった。そこで太陽の光をあびるようにしていた。光が当たった木々の緑が眩しかった。こうしている事が生きている実感を感じる一時であった。ボトルシップに使う空瓶が必要なので、ウィスキーを少しずつ飲んでみた。ウィスキーからはかなり遠ざかっていたが、飲めないことはなかった。しかしあんなに美味しかったビールがただ苦いだけで美味しさを感じなかった。大好きなアイスクリームも甘さを感じない。ハーゲンダッツも100円アイスも味の違いがわからないし美味しくもない。チョコレートもしかり。味覚障害はまだある。体力を回復する意味で、スポーツをする計画を立てる。長年やっていたテニスは無理だろうと感じる。そこで昔少し手をつけたアーチェリーを行なう事に決めてショップで見積もりを出してもらったが想像以上に値段が高かった。8月中に始められるように目標をたてる。

8月 この時期の臭いは最悪
診察 後遺症の変化
初旬1回 鼻・喉の痛み:前月より落ち着いてくる。
口内の乾き:唾液の分泌はまだあまり無い。
耳鳴り:同じ状態。
味覚障害:食材の違いがだいぶ分かるようになってきたが、甘味はあまり感じられない。ビールは苦いだけ。
顔のむくみ:頬から首にかけてむくみが増す。首は触ると盛り上がっている感じ。
初旬に通院する。首の両側の上部が少し盛り上がり、むくみを感じる。1ヶ月ほど続いていたので、むくみを取る薬を出してもらう。
診察後、病棟へ。この時は1回目の看護師さんがいて話をした。 入院中、最も声が出せずにいた時期の担当で、あまり話も出来なかったので嬉しかった。他の看護師さんとも話が出来てみんな喜んでくれた。この夏は猛暑。静養中であり大人しくしていた方がいいと感じる。犬と散歩はするが、日陰で静かにする。加齢臭を発する域の私だが、薬の好作用?か、水分をかなり取取しているのに体重が減って汗をあまりかかないのか、不思議に自分の体臭を感じない。臭いには敏感になっているので、この時期の他人の汗臭さはもの凄く感じてしまう。風下や閉所(エレベータなど)では最悪。その間、息を止める。

9月 スポーツを開始
診察 後遺症の変化
中旬1回 鼻・喉の痛み:前月より落ち着いてくる。
口内の乾き:唾液の分泌はまだあまり無いが、話にそれほど支障をきたさなくなってきた。
耳鳴り:同じ状態。
味覚障害:相変わらず甘味はあまり感じない。
アーチェリーを始めた。弦の強さもそれほどではないけど、体力不足で疲れはすぐ出てしまう。帰ってからずっと寝てしまうことも。仕事に復帰するべく人と会うが、話していくうちに口の中が渇いてきてしまい、発声がおかしくなるのを自分自身感じる。病気を知っている人は「大丈夫?」と気にかけてくれる。食事の味は徐々に取り戻しつつあるが、美味しいブドウをもらって家族は甘いと言うが、私はすっぱいだけだった。

10月 甘さが感じるようになる
診察 後遺症の変化
下旬MRI/PET検査 鼻・喉の痛み:落ち着いてくる。
口内の乾き:だいぶ良くなって食事も取りやすくなってきた。
耳鳴り:少し低い耳鳴りに変わり、静かな時、気になるほどキーンとなる。ストレスが影響か。
味覚障害:甘味が感じられるようになってきた。好みのアイスクリームを頻繁に食べるようになる。
社会復帰する。さすがに2週間ほどブランクを凄く感じ、慣れなく精神的にも参ってしまった。週明けに休む事も。それでも下旬には大分慣れてきた。食事も随分と味の違いを感じ取れるようになってきた。アイスクリームもチョコレートも甘さを感じる。ただしアルコールはさっぱり飲んでいない。今月はずっと続いていた耳鳴りが静かな時、寝る時に気になるほど大きく感じるようになった。仕事でのストレスが影響かちょっと不安。下旬にMRIとPET検査を受ける。

11月 鎖骨と肺に転移
診察 後遺症の変化
上旬と下旬に数回
検査で1泊入院
鼻・喉の痛み:鼻に炎症を起こしているような感じ。喉も少しひりひりする。検査では特に異常は見られなかった。
口内の乾き:多少の粘っこさはあるものの普通に食事が取れる。
耳鳴り:相変わらず続き、静かな時に気になるほど。
味覚障害:酒豪と言われるほど飲んでいたビール、日本酒などが美味しくない。
MRIとPET検査の結果、肺と腸骨にがん細胞らしきものがあると聞かされる。中旬に仕事のプロジェクトが終了して、その後再検査を行なう。腸骨は骨シンチで検査をすることになり、肺は直径1.2cmほどあって原発なのか転移なのかを調べるために呼吸器科の方で1泊入院、CT下肺生検というものを行なうことになった。う〜ん、なんとなく腰と胸に痛むほどではない違和感があるからそれが原因なのだろうか。病棟が違うが半年振りのベッド体験。肺生検は肺に針を刺して細胞を採取する検査。肺の後ろの方だったので、背中より針を刺しての検査治療となったが、手術の経験がないこともあって、器具が体内に入るのは初めてのこと。局所麻酔をかけていたが、針が刺さっている間、背中に重いものが乗っかっているような感じだった。そして多分細胞をつまんだ時に足先までシビレが走ったが、痛みはなかった。その日は、定期的に検査後の経過確認。
骨シンチの結果、腸骨には異常が見られなく、鎖骨の方に新たに発見された。2cmぐらいとのこと。何故?と思ったが見つかった事は幸いだった。腰と胸の違和感は?単にスポーツでの筋肉痛だったのか。下旬より抗がん剤ユーエフティーの服用を開始する。TS-1の副作用が大きかった事で、効き目が現状維持と多少落ちるが薬の変更をした。その後、この薬での副作用は殆ど感じていない。
この月から鼻の奥に傷があるような感じで、毎日白い粘ついた塊が出るようになった。時々血の塊も混じっている。出てしまえばスッキリなのだが、喉も少しいがらっぽい感じがある。ずっと続いている。
約1年ぶりに以前美味しかったラーメン店に行った。感想は、う〜ん、まだかな、微妙。

12月 放射線治療
診察 後遺症の変化
上旬診察
中旬〜下旬 放射線治療
鼻・喉の痛み:喉のいがらっぽさは続いている。
口内の乾き:日によって多少の粘っこさはある。
耳鳴り:同じ状態。
味覚障害:普通に食事は取れているが、アルコール類は焼酎の味が多少馴染める程度。
鎖骨の方は転移ということで通院での放射線治療が始まる。1回3グレイで11回の治療を行なう。入院時の首・顔への治療と違って固定するマスクは必要なく、体にマジックで印を書いて照射位置を決める。また照射というのは、レーザー光かなにかが当たっているのかと思っていたが、光は出ていなかった。入院中の治療の時はずっと目をつぶっていたので分からなかった。下旬に少し白血球が低下してきたことで、皮下注射を受ける。肺生検の方は細胞の染色体検査を行なっていて結果には2週間ほどかかった。自分としては手術を受けるより放射線治療を受けたかったので転移であってほしいなぁと思う。随分医学のドキュメンタリー番組で効果は見ていたが手術は怖い。検査の結果やはり悪性のがん細胞で転移との診断が出た。原発であれば呼吸器科で手術の可能性が高かったが、転移なので耳鼻科での治療となった。転移の場合手術を行なうと、メスを入れることで腫瘍の周りの細胞までも刺激を与えてしまい、その細胞も活発化してがんが再発する可能性が高くなってしまうとの説明を受けた。年明けから放射線治療を行なうこととなった。
体調は特に問題は無く、スポーツのおかげで体重も徐々に増えつつ、体力も付いてきている。

2008年1月 放射線治療
診察 後遺症の変化
上旬・下旬診察
上旬〜中旬 放射線治療
鼻・喉の痛み:相変わらず鼻の炎症は続いている。喉のいがらっぽさも続いている。
口内の乾き:だいぶ唾液の分泌が戻りつつある。
耳鳴り:同じ状態。
味覚障害:普通に食事は取れている。微妙に甘さに対する感覚が欠けているような。
年明けに肺への放射線治療の方針が決まる。1回6グレイで6回の治療。今回も体にマジックで印を書いて照射位置を決める。治療後、病棟を訪れて年末には会えなかった1回目の担当看護師さんと会う。転移があって治療を受けている事を報告する。この治療期間中では若干、食道を過ぎたあたりに熱くなる感覚があったものの、特に目立った副作用は感じられなかった。しかし血液検査で若干白血球が減少していたので数回皮下注射を行なう。看護師さんに「痛いですよ」と言われたけど今回は痛くは無かった。腕に筋肉がついてきたせいだろうか。それとも看護師さんの注射がうまい?UFTは飲み続けているが、たまに忘れる事も。放射線治療最終日にも病棟を訪れて、やはり年末に会えなかった2回目の担当看護師さんとやっと会うことが出来た。辛かった頃に接してくれた看護師さんたちと会えるのはやはり嬉しい。また、その日の夜は20年前の親しい仲間との新年会。懐かしさもあって久しぶりに大きな声が出せたのが嬉しかったし、紹興酒を結構な量を飲んだがあまり酔うことはなかった。最近殆ど飲んでないがまだまだイケそう。料理の味は戻って美味しく食べられたが、この宴会ではあまり食べないでみんなも飲んでばかりだった。会費分食べていないような。飲むと耳鳴りはちょっと増えるかな?
その後の診察では、鼻の炎症で"かさぶた"(主治医の表現)のようなものが出るのが毎日気になっていたので細胞を採取して検査してもらう事に。鼻の奥に器具を差し込んでつまんで取る。毎回これも痛い。頭全体に衝撃も走るし涙が出る。
治療も終わり、まだ仕事にも就いていなく面接も何度か試みるが思うように決まらない。治療代で生活費も圧迫してきているので、下旬には少しうつ状態になる。以前のような浪費もしなくて5円10円も節約する生活に慣れてきているが、アルバイトをして繋ぐかIT業界に復活出来るまで耐えるか悩むところ。毎日、今まで置き去りにしていたホームページの更新に勤しんでいたり(このサイトも作りこんでこの月に公開)、週に1〜2回のアーチェリーに夢中になることで気分を持ち直している。テレビでの某CMにあるように、自分の好きな事をしたい、自分らしく生きたいというのは的を射た表現に感じる。焦らず生きたいと思うところでもある。

2月 告知から1年経過
診察 後遺症の変化
上旬・下旬診察 鼻・喉の痛み:喉のいがらっぽさは続いている。
口内の乾き:空気が乾燥している時期なのか、日によって粘っこさが増す。
耳鳴り:同じ状態。
味覚障害:問題なく食事は取れる。
鼻の細胞を採取した検査結果は異常なしで、放射線の後遺症による鼻の炎症に思われる。毎日の頻度から少し延びたが"かさぶた"はまだ続いている。空気が乾燥している時期のためか、喉のいがらっぽさに加えて少しヒリヒリすることもあり、口中が渇く事も増えている。またUFTの副作用か、たまに下痢になることや、風呂に入る時、皮膚が痒くなりひっかくとミミズ脹れになりやすくなっている。唇が少しかゆく感じて、少し黒ずんでいる。色素沈着だろうか、乾燥肌だろうか少し気になるところ。水分は多めに取った方がいいかも知れない。
がんの告知を受けてから1年経った。去年のこの頃は非常に辛くて寝たきりの毎日だったのを思い出す。
下旬の診察は朝一番の予約だったため、久しぶりの通勤ラッシュ時間帯の電車。乗車駅で沢山降りて幾分車内は空いているが、マスクをしていてもウッとするほど車内の空気の悪さを感じる。クサイ!まるで雑菌が飛び交っている無法地帯だ。換気や空気の循環をしてもらいたいほど。健康な時は自分もあまり気にせず乗っていたのだろうけど、3月から仕事復帰するので気をつけなければ。
診察ではファイバースコープで鼻の奥を検査したが、去年プクッと膨れていたところが少し凹んだ感じで表面もきれいだった。かさぶたは未だに出てくる。血液検査で白血球の値が3000ぐらいでずっと横ばいの状態。血小板ともそれぞれ低めであるが問題なさそう。

3月 やはり副作用?
診察 後遺症の変化
下旬PET/CT検査 鼻・喉の痛み:鼻からのかさぶたが続いている。
口内の乾き:日によって粘っこさが増す。
耳鳴り:相変わらず同じ状態。
味覚障害:問題ない。
2月は集中してスポーツをしたこともあり、上半身関節や胸がチリチリして筋肉痛かなと思ったが、どうもUFTの副作用に思える。腕を上げて下ろすと、少し関節に痛みを感じて力が抜けたようになる。去年の副作用は数種類の薬を服用して症状も激しかったことから、それぞれの薬との因果関係を認識することは出来なかったが、今回は一種類で、この薬の説明がされているサイトで今私が感じている下記の副作用が確認された。しかしそれぞれそれほど激しいものではないが。
症状:軟便、下痢、腹痛、頭痛、耳鳴り、動悸 、息切れしやすい、手足の若干のしびれ、筋肉や関節がこわばる、背中が痛い、みぞおちが痛い、胸が苦しい。
疲労感、倦怠感は気力でなんとか克服中、臭覚・味覚は大丈夫。帰宅途中よくお腹がすいてくるので、ある日味噌ラーメンを食べて帰る。ちょっと予感はしたが案の定、家に着いて激しい下痢。痛みは無かったものの今後しばらくは外食でラーメンを食べるのは控えるつもり。
中旬にしばらく服用を止めてみる。鼻の奥から出る"かさぶた"も治まってきたことから、これも放射線の後遺症に副作用が重なっているのかも知れない。症状がUFTを服用し始めた時期と一致していることも。数日で服用を再開始して、下旬にこの件を主治医に報告。
PET検査で肺に極小の影が見えたがCTでは見られなかった。一応4月に再検査の予定。
主治医が3月一杯で病院を退職して地元で開業することになった。従って最後の検診となってちょっと寂しい。命の恩人でもあるから。4月以降は上の先生に引き継がれることとなった。

4月 再び転移、しかしUFT終了
診察 後遺症の変化
中旬CT検査
下旬診察
鼻・喉の痛み:鼻からのかさぶたは続いている。
口内の乾き:日によって粘っこさが増す。
耳鳴り:相変わらず同じ状態。
味覚障害:問題ない。飲む機会も徐々に増えてきたが日本酒の本来の微妙な味がまだか、酒好きとしては残念。
前月のPETで肺に赤く染まった部分がCTで何も出なかったので、再度中旬にCT検査を行なった。そして今後の診察は耳鼻科のトップの先生が引き継がれた。電子カルテのCT画像とPET画像を見比べても1コマ送ると消えてしまうような小さなもので、先生も何度も繰り返し見ていた。そして、「これか、こんなに小さなもの見たことが無い、以前の検査だったら分からないだろうね」という程度のものだった。経験豊富な先生だが、私のステージからの治療は病院でも初めてだったことを以前聞いていたが、その最初からの検査画像を追いかけて、今回の場所も前回の転移に近く、初回のCT画像にも無かった箇所なので再転移であることが確認された。去年も運動していますか?と質問された先生で、今回も有酸素運動(ジョギングなど)をして体力・免疫力をつけていくことを薦められ、経過をみていくのが良いとなった。薬は?と聞いたところ、運動をするか薬を飲み続けるか、どちらのキャラクターですか?と逆に問いかけられた。また、先生は今はTS-1が主流なのに、古い薬であるUFTを服用することにも疑問を持っていて、TS-1の副作用がひどかったからUFTで補っていたが、現在の回復度合いで薬に頼ることは先生の意図するところで無いと感じた。鼻は完全に消えていて、前回の転移も放射線治療で完全に消えているので、今後も定期的にPET・MRI検査を行ない経過を見ていくこととなった。説明内容がテキパキしていてQOLに関しても確固たる信念を持っている事を感じた。
UFTを中止して翌日から下痢・軟便は収まりつつある。

5〜6月 退院から1年経過
診察 後遺症の変化
5月下旬診察 鼻・喉の痛み:鼻からのかさぶた、徐々に減ってくるが続いている。
口内の乾き:日によって粘っこさがある。
耳鳴り:少し増す。
味覚障害:問題ない。
鼻からのかさぶたはUFTの影響かと思っていたが、そうでもなさそう。UFTを終了しても止まることはない。多分口内の渇きで粘膜が固まるようにも思える。その粘膜も放射線の後遺症かも知れない。鼻の奥に指を入れて触ってみると、右奥はえぐれたように引っ込んでいて左より奥が広い。放射線治療で細胞が消滅した状態だろう。5月は去年の退院を間近に控えていた状況を思い浮かべていた。期待とまだまだ続く副作用の辛さが交差していた時期だった。耳鳴りが少し大きくなって気になり始めていたので、下旬の診察で主治医に伝えて薬(ビタミン剤)を出してもらう。今後の検査は3ヶ月から半年単位になり、次回はMRI検査で7月に行なうことになった。診察後は病棟へ。しかし忙しい時間帯だったのであまり話せる状態では無かったが、2回目の看護師さんが時間をさいてくれた。会えて元気が出たと言ってくれたのが嬉しかった。忙しくて大変なんだろうね。味覚障害は殆ど元に戻っている。5月下旬に懇親会があり酒もガンガン飲んでしまった。次の日仕事に行ったが完璧な二日酔い。吐きそうだったが治療中の嘔吐から比べれば楽だと思いながらも耐えていた(?)。耳鳴りの薬は10日ぐらい服用したが治まらないので飲むのを止めた。たまに浸出性中耳炎のように耳に違和感を感じることもある。
6月もかさぶたは減りつつも続いているが、段々鼻から喉の方にに下がってきて微量になりつつある。その関係で喉がヒリヒリすることもある。運動は週末には欠かさず行なっていて、6時間ほど行なうこともある。家に帰ってぐったり。たまに息苦しくなることもあり、運動のせいなのか転移が大きくなっているのかと考えることもあるが、次のPET検査の出たとこ勝負になる。

7月〜8月  転移が目立ってきた
診察 後遺症の変化
7月上旬MRI検査
8月中旬PET/CT検査
鼻・喉の痛み:鼻からのかさぶた、徐々に減って間隔があいてくるが続いている。
口内の乾き:日によって粘っこさがある。
耳鳴り:少し増した状態。
味覚障害:問題ない。
その他:胸の息苦しさがたまにある。
上旬の検査はMRIで、首から上の検査を行なった。撮影後の画像を医師が確認して結果は何も現されていないできれいに消えているとの事だった。診察後病棟へ。廊下ですれ違う看護師さんが見たこと無い看護師さんばかりになっていた。ナースセンターに着いて2回目担当の看護師さんに会えて話をしたが、春にだいぶ代わったことを聞かされた。顔ぶれが代わるのは寂しい。担当看護師さんは代わらないで欲しいなぁ。
普段は普通どおり生活を送っていたが、今年は猛暑日が続いている。この時期は周りの汗の臭いが気になるものの、洗濯物の臭いも非常に気になっていた。どいうのも洗濯後に限られた衣類だけに生乾きと言われている臭いが発生して、インターネットで色々調べて臭いを消す方法を試したがどれも解決に至るまでにはいかなかった。最近購入したものに臭う率が高く、着ていても吐き気を伴うので処分した。あまり体臭も発生しないのに何故体臭以上に臭いが強くなるのだろうと思った。安物のTシャツやジャージーばかりに起こった現象だったが、結局安物買いの銭失いとなってしまった。その後も多少臭いが発生するものも出てきたが、柔軟剤を外国製に変えたら緩和された。(と、柔軟剤の量を減らしていくと、やはり臭いは発生してきて我慢できる対象物ではなかった)
8月中旬に3月のPETで発見された影の再検査でPET/CT検査を受ける。検査結果は電話連絡で、問題なければかけてこないことになっていたが、連絡が入り結果を聞きに病院へ行く。PETの画像を見ながら説明を受けて、前回(12,1月)のように通院で放射線を受ける事になった。放射線科の診察が9月中旬になるので治療はそれ以降の予定になる。多少胸の息苦しさを感じる時もあるが、医師からはこの程度の大きさであれば影響を与えるほどでは無いと思うと説明される。

9月  放射線治療開始
診察 後遺症の変化
中旬放射線科診察
放射線治療開始
鼻・喉の痛み:鼻からのかさぶた、間隔があいてるが続いている。
口内の乾き:粘っこさは無いものの乾いている感もたまにある。
耳鳴り:相変わらず続いているが、この状態が普通になってしまった。たまにキーンと大きくなることも。
味覚障害:問題ない。
中旬に放射線科の診察で、血液検査と治療方針を告げられる。血液検査ではコレステロール値が高めで、その他は問題ないとの事。放射線治療は25回行なう事となった。これにはちょっと唖然としてしまった。5〜6回程度かなと思っていたので。病巣の場所の問題で前回は多めに照射しても問題無い場所だったが、今回は場所が奥にあるので、1回の照射を多くすると肺に穴があく恐れがあり、少な目の照射(2.5グレイ)で回数を増やして治療をするとの事。 (転移画像) 入院か通院の選択だったが、朝一番の予約で10月下旬まで通院で治療を行ない、仕事はシフトして行くことにした。副作用も無いし、体調も特に問題なく過ごしている。週末は勿論スポーツ主体。


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